最後の指導

 学位取得が決まった学生の博士論文に目を通し、最終確認を行った。
 たまたま学生が不在だったので、朱書きした原稿を学生の机に置き、メールを書いた。

2017/02/11 15:56、Ito Tomoyoshi:
> ○○君
>
> 伊藤です。
>
> 博士論文の確認が終わりましたので、机の上に置いておきました。
> ずい分時間がかかってしまってすみません。
>
(略)
>
> では、提出版に向けて最後の仕上げを行って下さい。
>
> # 指導教員としては最後の指導になりますね。
> # 感慨深いものがあります。

 私の所属している学科には小クラス担任という制度がある。ふつうの学年担任の他に、各教員が1学年に5名ぐらいの学生を受け持つ。履修指導や進路等の相談を受けたりする。

 彼が大学に入学してきたときの小クラス担任が私だった。小クラス担任は3年次まで面倒をみる。4年次では卒業研究を指導する教員が引き継ぐ。

 ところが彼は、卒業研究を私のところで行うことになったので、私は4年次でも指導教員を続けることになった。
 彼はそのまま大学院に進学し、私の指導は6年に及ぶことになった。

 ただし、ここまでは、それほど珍しいことではなく、これまでにも何人かいる。

 これまでの学生と違ったのは、彼がさらに博士課程に進学したことである。
 工学部というところは、大多数の学生の最終目標が就職にある。大学院の修士課程に入学しても博士課程まで進む学生は少ない。私の研究室で博士号を取得したのは、今年度を含めても15名ほどしかいない。

 大学1年生でたまたま受け持った学生を博士3年まで担当することになった。そういう学生は初めてだった。それが、メールの最後の2行になった。

 しばらくして、学生から返信が届いた。


> 伊藤先生
>
> ○○です。
>
> お忙しいところ論文を確認していただき、ありがとうございました。

(略)

> これからもお世話になるとは思いますが、
> 今後は少しでも恩返しができるように精進していきたいと思います。
>
> 学部も含め9年もの間、本当にありがとうございました。

 入学時、中学生と間違えるほど小さく見えた学生が、今では前途有望な若手研究者へと大きく成長している。これからは同じ研究者として、協力して仕事ができる日々を楽しみにしている。

 教育は時として時間がかかるものである。
 ささいな感傷かもしれないが、学生からの言葉は、教育に携わる者としては大きな喜びである。