「サイエンスインカレが卒業研究に一石を投じる期待」(2013年3月26日初稿;3月30日改定稿掲載)

 3月最初の週末にサイエンスインカレの研究発表会が開催された。インターハイといえば全国高等学校総合体育大会(略して高校総体)のことで、皆さんもよくご存じだろう。その大学版がインカレ(インターカレッジ)であり、科学技術の分野で競い合う大会がサイエンスインカレである。文部科学省の主催で昨年から正式に始まり、今年が第2回である。大会趣旨として「全国の自然科学分野を学ぶ学部生等に自主研究を発表し、切磋琢磨し合う場を提供することにより、学生の能力・研究意欲を高めるとともに、課題設定能力、課題探究能力、プレゼンテーション能力等を備えた創造性豊かな科学技術人材を育成することを目的としています」とうたわれている。部門は「卒業研究に関係しない」ものと「卒業研究に関係する」ものと2つある。素晴らしい取り組みだと思う。特に、卒業研究を対象に入れたことには大きな意義を感じる。

 大学の理工系では、一部を除いて、卒業研究は非常に重要である。未解決の課題に向き合い、論理的思考にもとづいて、論文として形あるものにまとめる。それまでの座学とは比較にならないほどの知的訓練となる。教員や学生同士のコミュニケーションも比較にならないほど濃密である。4月に配属されてきた学生が、卒業研究を経て3月に卒業していく頃になると、見違えるほどの成熟をみせることも少なくない。
 ところが最近では、卒業研究の環境は厳しいものになってきている。長引く不況で、学生は、なかなか進路について余裕を持って考えることができない。就職を希望する学生は、3年後半から4年前半を就職第一で行動しがちになる。大学院への進学を希望する学生も、入試(多くは8月に行われる)が第一になって、受験勉強中心になってしまう。
 研究室への配属時期は大学によってさまざまであるが、学生が実際に卒業研究に取り組むのは秋になってからということも少なくない。そして最後の1ケ月で、駆け込みで卒業研究を形にする。それは、教える方も教わる方も大変残念なことである。

 最大の問題は、時間的な制約というよりも、モチベーションであるように感じている。就職にしても進学にしても、精神的な重圧が年々高まっていて、内定や合格を勝ち得た直後は達成感や安堵とともに、やる気まで急速にしぼんでしまう。
数年前に大変優秀な学生がいた。彼が本命の企業の内定を得たときに、研究室全員に配信したメールにはこう書かれていた。「ぼくは○○社に入りたくて、この研究室を選んで頑張ってきました。そして本日、内定を頂きました。皆様、本当にありがとうございました!もう思い残すことはありません!」
 5月のできごとである。思い残すも何も、卒業まで、まだ1年近くある。彼はその後、充実した学生生活を取り戻すが、一時、燃え尽き症候群に陥ったことは確かである。

 サイエンスインカレは、このような状況を変えてくれるのではないか、という期待を抱かせる。教育機関にとって文部科学省主催の大会というのは、やはり、大きな効力を持つ。それは、まずは教員のモチベーションを高める。教員による指導の質が上がれば、学生のやる気も違ってくるだろう。それを目の当たりにすることで、教員のやる気もさらに高まる。そういう良い循環が期待できる。
 参加の締め切りが11月なので、学生は早い段階で、ある程度の成果を出していなければならない。書類選考を通過して発表会に選抜されると、3月までプレゼン資料の作成に追われる。通常の学生よりも1ケ月ほど長く卒業研究に取り組むことになる。
 私の研究室でも、早い段階から熱心に卒業研究に取り組んでいた学生がいたので、サイエンスインカレへの応募を勧めた。彼は目標に向かってレポートを提出し、本発表会へと進んだ。受賞こそならなかったものの、彼の卒業研究は大変立派だった。やはり、本人の中に明確な目標があったことが良かったものと実感した。

 注文をつけるとすれば、参加賞である。「ボールペン3本」だったそうである。それはあまりにもさびしい気がした。
 予選を突破したのは145組(多くは個人研究であるが、グループ研究も認められている)で、そのうち、35組が何らかの賞を受けた。選外は110組であるが、両者を分けたのは、運のようにも思われた。何件かの発表を聴いたが、どれも甲乙つけがたい内容だった。大枠の専門分野に分かれてはいるが、細分化された今日の科学技術においては、それぞれを同等に審査することは至難である。誰が受賞してもおかしくないように感じられた。
 講評の中で、福井照文部科学副大臣が「皆さんはファイナリストです」と発表会に臨んだ学生全員を称えた。まさにその通りである。だからこそ、賞状でもメダルでもよいので、誰かに見せてすぐにわかるような、ファイナリストにふさわしい参加賞があればと思った。形式的かもしれないけれども、予選を突破したという成功体験を参加学生に持ってもらうためにも、ぜひ一考してほしい。