「東大の休学新制度に対する根本的疑問」(2012年11月17日初稿;11月28日改定稿掲載)

 東京大学の特別休学制度(FLY Program)のニュースに接して、脱力感のような失望をおぼえた。このプログラムは、新入生を対象に1年間休学させてボランティアや海外留学を行わせて「タフでグローバルな人材を育成する」という制度で、「文部科学省によると、在学期間が5年に延びるため、国内大学で同様の制度はない」というように報道された。また、最大で50万円の支援が与えられることも話題になっている。
 私も現役の教員であるので、自分の勤めている大学を棚に上げて他大学のプロジェクトに口出しすることは控えたいが、報道のされ方が世間の認識をミスリードしているようにも感じられて、大学教員という立場と東大の卒業生という立場から、一筆、申し上げたい。

 報道記事を読むと何か画期的な制度が誕生したような印象を受けるが、これらの表現は正確ではない。現在、学生は様々な理由で休学できるようになっているし、国立大学では休学中の授業料は徴収されない。したがって、どこの国立大学の学生でも、自分自身でやりたいことがあれば、現行制度の中でも同様のことを実行することが可能である。
 違いをあげれば、50万円の支援金である。休学中に大学が学生に現金を支給するというのは確かに聞いたことがない。さらに注意しなければいけない点は、大学が学生に休学を奨励していることである。そこまでして休学させて(してもらって)、本当に「タフ」な学生が育つのだろうか。
 現在でも休学をして世界を旅してくる学生はいる。彼らは大学に見返りなど期待していない。そうしたいからチャレンジするのである。私事で恐縮ながら、私は病気で1年間高校を休学した上に浪人して東大に入学した。さらには、希望の進路に進みたいという思いから、2度、留年した。その間、運にも恵まれて、集英社ヤングジャンプ誌で連載マンガの原作を書く機会を得てもいる。ただし、このような経験は、(プログラムで要求されているような)計画を立てて実現できるものではない。
 20歳前後は未熟であり、非力である。既成の枠組みを越えたチャレンジは、常に不安と不満を抱えながら、試行錯誤を続けていかなければならないという側面を持っている。計画書を提出して、良し悪しを他人(教員or大人)に判断してもらって行うようなものでは決してない。今回のプログラムは内向きな学生にチャレンジ精神を持ってもらうための良い制度という評価も散見されるが、制度化された時点で、その行動は「チャレンジ」ではなくなるはずだ。
 さらには、卒業生の立場からみると、東大ほどこの制度にマッチしない大学はないのではないか、という違和感を持つ。なぜなら、入学してわずか1年半後に「進学振り分け」があるからである。これは、2年生前期までの成績で進学学科が決まるという厳しい制度だ。私はここで希望の学科に進学できずに留年を選択した。将来の展望を持って入学してくる学生にとっては、入学後もそれなりの勉学が要求される大学なのである。
 進学振り分けを別にしても、そもそも入学直後は、もっとも勉学意欲(大学教育への期待)が高まっている時期である。高校までの授業とは違う大学教育への憧れさえあるはずだ。新入生というもっともホットな時期に自前の教育を導入しないというのは、かなりのリスクを感じさせる。特に理系の学生にとっては影響が大きい。入学直後の1年間に学業上のブランクが生じることは、復学後の履修に支障をきたしかねない。
 それほどの制度が、新入生の1%だけを対象とする小さな規模ながらも、ニュースになった半年後から施行される。正直なところ、昨今の東大の動きには首をかしげざるを得ない。「秋入学」の賛否が定まらないとわかると、「できることからやる」というスタンスだと公言する。ところが、「秋入学」にしても「ギャップイヤー」にしても、導入されるものは欧米で実施されているものばかりである。どこにオリジナリティがあるのだろうか。しかも、制度の導入ありきで、教育の本質的な議論が空洞化してしまっているような気がしてならない。「グローバル化」という大義のもとに、教育制度がバブル化し始めている。

 どなたの言葉だったか忘れてしまったが、「教員の多くは、良くできる学生には(反応が良いので)指導をしすぎ、できない学生には(手間がかかるので)指導しなくなって、結局、どちらもダメにしてしまう」という話を聞いたことがあり、それ以来、自分の中での教育指針になっている。良くできる学生には自主性を大切にし、そうではない学生には手厚い指導を心がけなさいという意味である。
 国の教育行政も似たような状況を呈している。東大のような大学が制度改革を続けようとし、新しく認可されようとしている大学が大臣の一言で消滅しかけた。手をかけるところが違うのではないかと思うのである。