「京が示したスパコンの実力」(2012年11月19日初稿;11月21日改定稿掲載)

 2012年11月期のスパコンランキング「TOP500」が発表になった。6月期1位のSequoiaIBM)、2位の京(富士通)がそれぞれ2位と3位に後退し、1位に立ったのは米国オークリッジ研究所に納入されたTitan(Cray)だった。Titanには、最新のGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)であるNVIDIA社製K20が18,688個搭載されており、課題にされた計算で17ペタフロップス(1秒間に1京7千億回の演算を行う性能)を記録した。京コンピューターの2倍近い数値である。もともとグラフィックス処理専用のプロセッサであるGPUは、演算能力の高さから一般の数値計算にも使われるように発展し、近年ではスパコンにも多く取り入れられている。日本では、東工大TSUBAMEなどが採用している。Titanに最新のGPUが大量に搭載されるニュースは昨年の今ごろ流れ、今回の1位は予想通りの結果として受け止めている。
 面白かったのは、実際の数値計算が評価されるゴードン・ベル賞である。TOP500は評価用の決まり切った計算の速さを競うが、こちらは現実に役に立つ計算の能力を評価する。今回は、6月期1位のSequoiaと2位の京が激しく競った。テーマは奇しくも同じで、宇宙初期の大規模重力計算だった。提出された論文では、Sequoiaの演算性能が14ペタフロップスで、京は5.67ペタフロップスとなっていた。ただし、プログラムの性能は京の方が2.4倍高く、同じ計算をさせると京のシステムの方が早く計算を終了すると見込まれた。そして、栄冠は京に輝いた。審査員はレポート上の数値では下であったにもかかわらず、京に軍配を上げたのである。プログラム開発の中心となった筑波大学の石山智明研究員をはじめ、関係の方々にお祝いを申し上げたい。

 私は数値計算の高速化を専門の一つにしているが、現在のスパコンの有用性には疑問を持っており、一つの指標で決定されるTOP500にも懐疑的である。6月期のTOP500が発表された際には次のように述べた。
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 科学の世界では成果こそがすべてである。ツール(スパコン)の1位、2位を競うよりも、それらを使いこなして、有用な成果を上げることの方が本質である。それが次代を担う研究者であれば、なお素晴らしい。研究者育成に予算が活用されたことが示されるからである。「京」の本格稼働後に注目したい。
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 今回のゴードン・ベル賞受賞は、まさに上記のことがそのまま実現されている。ツールとしてのスパコンを使いこなして、ハードウェア及びソフトウェアにおいて優れたアルゴリズムを開発し、実際の科学計算で世界最高のパフォーマンスを示した。さらにそれが次代を担う研究者だった。文句のつけようのない素晴らしい成果である。

 ただし、今回のゴードン・ベル賞は、スパコンの限界も示唆している。「テーマは奇しくも同じ」と上述した。同じテーマであったため、演算性能を示す数値が低い方を選ぶことができた。しかし、これが全く違うテーマであれば、このような結論を導くことは困難である。では、テーマは本当に「奇しくも」同じだったのだろうか?
 必然とまではいえないけれども、偶然ではない側面がある。現在のスパコンは、理論性能を上げるために、計算を行う回路(コア)数を大量に搭載している。その数は京で70万、Sequoiaでは世界で初めて100万コアを超えて157万となっている。これだけ膨大な計算コアを有効に利用できる数値計算は限られてくる。TOP500の上位システムでゴードン・ベル賞が争われる場合は、同じようなアルゴリズムの対戦になりやすいことは想像に難くない。
 逆にいえば、現在のスパコンが有効に機能する計算テーマは限られるということである。

 当初、本稿のタイトルは「京が示したスパコンの実力と限界」とした。しかし、考え直して「限界」を外した。成果が上がったときに難くせをつけるのはどうかと思ったからである。こういうときは素直に称賛したい。「京」は紆余曲折の多いシステムであり、私も少なからず、否定的な論述をしてきた。しかし、何だかんだといわれながらも、スパコン業界に確かな足跡を残している。TOP500で2期連続1位になり、2年連続でゴードン・ベル賞を受賞した。今後も次世代を担う研究者の活躍が続くことを期待したい。