「70年前に予測されたインターネット社会の爆発的発展」(2012年7月20日初稿;7月30日改定稿掲載)

 インターネットの窓口の役割を果たすポータルサイト。その大手企業である米国ヤフー社の最高経営責任者(CEO)に、同分野でシェア1位に成長した米国グーグル社の元副社長マリッサ・メイヤーが就任した。グーグルの20番目の社員で女性技術者、しかも37歳という若さ。話題性には事欠かないニュースだ。

 1994年、スタンフォード大学の2人の大学院生がネットサーフィンにはまり、便利なように各サイトを分野別に階層構造にした「WWWガイド」を作った。これに多数のユーザーがつき、起業したのがヤフーである。2年後には週当たり1億件のアクセス数を記録する一大ベンチャー企業に成長し、インターネット検索エンジンのパイオニアとしての地位を確立した。
 ヤフーの検索エンジンは人手で行われていたため(ディレクトリ型検索エンジンと呼ばれる)、情報の質の高さに特長があったが、インターネットの爆発的な普及に対応できなくなり、2000年にグーグルのロボット型検索エンジン(キーワード等の組み合わせで自動的に検索するシステム)を取り入れた。
 グーグルは、こちらもスタンフォード大学の2人の大学院生が1998年に創業し、検索エンジンがヤフーに採用されたことによって急成長した。その後は、斬新なアイデアを次々に実現して、現在ではもっとも影響力のある企業の一つになっている。
 渦中のメイヤーもまた、スタンフォード大学出身だ。37歳と聞くと驚くほどの若さであるが、創業者の年齢が、ヤフーでは40代半ばであり、グーグルの方は2人とも1973年生まれなので、まだ30代(今年で39歳)であることを考えると、それほどおかしな話でもない。

 ただ残念ながら、私はメイヤーという人物についてほとんど知らず、今回の人事について言及する立場にない。そこで本稿では、両社も一翼を担っている現在のインターネット社会の原点を紹介しておきたい。そこには、科学技術が持つ、驚くべき先見性があった。
 それは、1945年7月にアメリカの科学者ヴァネヴァー・ブッシュ(1890-1974)が発表した「As We May Think(思考のおもむくままに)」という一編の論文である。コンピューターが誕生するかしないかという時期であり、今からおよそ70年も昔のことである。
 ブッシュは、机ほどの大きさの機械に情報を自由にしまっておき、必要に応じて出し入れできる「個人図書館兼秘書」のような装置を構想した。今日のパソコンと驚くほど似た機能を有している。ブッシュは、その装置を仮に「Memex(メメックス)」と名付けた。また、情報収集の一つの手段として、小型カメラを額に取り付け、好きなときに撮影して、データをMemexに蓄積できる装置も提案している。これは写メールと同様の機能である。本論文は同年9月にLIFE誌に再掲載され、そこには上述のシステムが図解されている。
 Memexの驚くべき点は、コンピューター単体でさえ作るのが困難だった時代に、ネットワーク機能を有していたことである。記録媒体を交換することにより、自分のMemexが、それ自身の記憶容量を超えて、あたかもずっと膨大な情報を収納しているかのように見える。膨大な情報の中から必要な情報を取り出すためには「連想」による情報の経路をたどって見つけ出すことができ、この経路もまた情報として各Memexで共有できる。つまりは検索エンジンである。この思想が、後にダグラス・エンゲルバート(1925-)らによる「ハイパーテキスト」に受け継がれ、50年の歳月の後に、今日のインターネット社会を形成していくことになる。
 破天荒とも思えるMemexは、単に空想から描かれたものではなく、当時の技術を純粋に延長していった先にある産物として主張されている。例えば、将来、フィルムは100分の1まで縮小できると仮定する。そうすると、マイクロフィルムに収めた百科事典のコストは1セントですむようになり、どこへでも送れるようになる…というように、論調は理路整然である。
 Memexを構想するためには、広い分野にわたる科学技術の動向を把握する必要があった。ブッシュは、それができる特別な立場にいた。第2次世界大戦の開戦を機にアメリカ科学官僚のトップである科学研究開発局長に就任していたからである。そこで、驚異的な科学技術の進展を目の当たりにする。数十年はかかるといわれた原子爆弾がわずか5年で完成した。
 ブッシュは最新の科学技術に常に接しながら、その中で「人類の知識の総量は驚くべき割合で増えている」ことを認識し、「このままでは、いつか自分たちが生み出した情報の洪水の中で溺れてしまう」ことを危惧して、Memexを提案した。

 70年前の未来予想図、その先見性は見事である。
 それが実現することを、いつ、誰が予想し得ただろうか。実は私は20年ほど前にもブッシュについての原稿を書いたことがある。話題の中心は別(アナログ計算機)にあり、Memexについては追記程度の扱いだった。専門家においてさえも、当時の認識はその程度だったはずだ。それが、ここ10〜20年で一変した。裏を返せば、私たちが実感している以上に、社会は激変しているのである。

 科学技術というものは、実現した途端に「夢」から「当たり前のもの」に変貌し、時として、それまで見えなかった様々な弊害に気付かされる。国策化している原発スパコンがそうであり、インターネットも同様である。インターネット社会の問題点については、機会をあらためて論考したい。