「4Kテレビに思う「技術力の本質」」(2013年2月12日初稿;2月15日改定稿掲載)

 最近、4Kテレビが話題である。総務省も先日、4Kテレビ用の放送を2年前倒しして2014年7月に開始すると発表した。世界初になるという。Kはキロ(1,000)を表す。4Kテレビは、正確には4K2Kで、約4,000×2,000の画素数(解像度)をもつ。現在主流のフルハイビジョンが2K1Kなので、その4倍である。
 何かものすごい技術革新があったように報道されているが、実は4K2Kディスプレイは10年も前から存在している。例えば、ビクターは2000年にすでに4K2Kパネルの開発に成功し、そのパネルを用いたプロジェクターも2004年に発売している。さらにいえば、このときすでに、さらに4倍の解像度をもつ8K4K(約8,000×4,000)のパネル開発にも成功している。経緯を知っている者からすると、4Kテレビはずい分遅い製品化に思える。
 近頃、「スピード感を持って」という言葉がはやっている。うさん臭い言葉である。ただ、4Kテレビの報道に接すると、こういうときに使う言葉なのかな、とも思えてくる。 つまり、もっと早い時期に商機を見出すことはできなかったのだろうか、という残念な疑問である。

 私は電子ホログラフィという技術を用いた3次元テレビの研究を続けている。情報を記録しているものをホログラムといい、液晶ディスプレイ(LCD)を使って実験を行っている。ホログラムを表示するためには、LCDは高精細(画素間隔が狭い)であるほどよく、解像度(画素数)も多いほどよい。
 電子ホログラフィの研究が本格的に始まったのは1990年代で、その頃のLCDは光を透過させて使う透過型がほとんどだった。ところが、透過型LCDでは、画素間隔が30ミクロン程度までしか高精細化できない状況にあった。電子ホログラフィで3次元テレビを実現するには1ミクロン以下の高精細化が必要だと見積もられているので、実験レベルにしても十分とはいえなかった。
 1990年代の終わり頃になると、光を反射させて使う反射型LCDが進展してきて、数社で売り出し始めた。反射型LCDは制御回路を裏面に組み込めるので、表面の液晶素子は密に配置することが可能である。高精細化は一気に10ミクロンまで進んだ。
 私たちはさっそく反射型LCDで実験する計画を立てた。ところが、反射型LCDはなかなか入手できなかった。はっきりいえば、売ってもらえなかったのである。
 「大学でLCDを扱うのは無理ですよ」と体よく断られたり、催促してもなかなか返信をもらえなかったりした。確かな理由はわからないけれど、商売にならずに手間だけがかかって面倒だと思われたのかもしれない。産学連携とよくいわれるけれども、大学教授でもその業界で無名であると、研究に理解を得られないことは、残念ながら、往々にしてある。
 もどかしい思いをしながら2年間が過ぎ、アメリカのベンチャー企業から好意的な返信が届いたのは2000年に入ってからだった。そして、代理店にこちらから出向いて研究の趣旨を説明し、サポートなしという条件で、ようやく反射型LCDを購入することができた。
 幸い、2年のブランクの影響は少なく、研究成果は注目された。そのおかげか、反射型LCDの技術が成熟したためか、2000年代前半には日本のメーカーからも購入できるようになった。
 次の壁が4K2Kパネルだった。購入したいとメーカーにかけあうと、難色を示した。「いくらですか?」ときくと、「家1軒分くらいですね」といわれた。すでに8K4Kパネルの存在も公表されていたので、「ちなみに8K4Kは?」とたずねると、「家10軒分くらいですかね」と軽い感じであしらわれた。つまりは「売る気はない」という意味である。

 これが10年前のできことである。私にとっては、少々つらい思い出ではあるけれども、研究の進め方は一つではないので、このことが尾を引くことはなかった。問題なのは業界である。せっかくの技術が10年もの長い間、活かされなかったからである。

 2000年に反射型LCDの実験に成功したころ、私は講演等で「将来の3次元テレビには1ミクロンの超高精細なLCDが必要で、技術的には可能なはず」と力説した。ところが、ディスプレイの専門家は冷ややかだった。たとえ技術的には可能であっても、画素間隔1ミクロンのLCDのサイズは1ミリ角程度にしかならない。そんなに小さなものを作っても用途がないとのことだった。
 ところが、高精細化は進み、現在では5ミクロン程度まできている。小型プロジェクターなどに組み込まれ、小さければ小さいほど付加価値も高くなっている。

 解像度の方も同様である。
 現在の4Kテレビの報道の中で、普及するかどうかの議論もしばしば耳にする。家庭用テレビの画質をこれ以上良くしても大した意味はないのではないかという疑問である。これはもっともな意見で、人間の視覚は動画に対しては寛容(いい加減)であり、現状で十分だと考えている人は多い。そのことは、アナログから地デジに変わる際、ぎりぎりまでテレビの更新をしなかった割合をみれば明らかである。
 ただし、静止画については状況が異なり、視覚は鋭敏である。そのため、パソコンのモニター画面を高解像度化したいという要求は潜在的に大きい。価格が落ち着いてくれば、4K2K(さらには8K4K)のディスプレイは、まずはパソコンのヘビーユーザーから、一気に広がると、私自身は思っている。
 今日でさえ、様々な見解がある。開発当時、これほど大規模なパネルの用途が不明であったとしても不思議ではない。

ずば抜けた技術力がある。しかし、それをどう使えばよいかわからない。そして後手を引く。10年を経た後の4Kテレビの盛り上がりは、ちょうど日本の家電メーカーの凋落と重なり、個人的には哀しい気持ちにもなる。「想像力の欠如」といってしまえば、それまでかもしれない。しかし、未来を見通すことほど難しいものもない。真の技術力とは「創造力+想像力」なのかと、あらためて思う。