「スパコン世界一の戦略をよむ (2011/08/05)」の初稿

スパコン世界一の事実と実際 (2011年7月25日脱稿)

世界一になった「京」
 2011年6月20日に発表されたスーパーコンピュータ(スパコン)の性能ランキング「TOP500」において、国策の次世代スパコン「京(けい)」が1位になった。「地球シミュレータ」以来、7年ぶりの快挙である。
 しかし、このニュースを耳にしたとき、私は「何かの間違いでは?」と思った。文部科学省も「1位にはこだわらない」と所信を変更していたし、時期的にも違和感があった。

 「京」が1位になった背景には、技術力を超えた戦略が透けて見える。
 例えば、「地球シミュレータ」は2002年3月に運用が開始され、直後の6月から5期にわたって1位にランキングされている。ところが 「京」は、1位になったといっても、実際には稼働していない。稼働予定は2012年11月とされている。
 これをどう評価するかであるが、完成まで1年半も前の試運転で世界一になったのだから、完成した暁には、もっとすごい性能が期待できる!…という状況には、残念ながら、ない。「京」は、文字通り、1秒間に1京回の演算能力(10ペタフロップス)をめざしたものである。今回の数値は8ペタフロップスなので、完成時に10ペタフロップスは超えるだろう。ところが、その時点においては、ライバルのいくつかのシステムが、さらに上にいると予想されている。
 したがって、今回のランキング1位は、もしかしたら、このタイミングでしかあり得なく、1位だけを取りにいった戦略のように見て取れる。ランキング1位のシステムは、悪くいえば「絵に描いた餅」であり、今はまだ、使うことができない。実際、スパコンの分野における高揚感は、(富士通社内を除けば)ほとんど感じることができない。

 ただし、私自身は、この戦略が悪いとは思っていない。むしろ、今後の戦略次第では、閉塞状況にある日本のコンピュータ業界に、一石を投じる可能性を感じている。

TOP500
 TOP500 Supercomputer Sites(1)は、最速のコンピュータの指標として、1993年6月から半年ごとに500位までの機種を発表している。関係企業や関係各国で、その結果に一喜一憂している。
 表1に、これまでのランキング1位をまとめた。また、参考までに日本メーカー製の総数を右欄に記した。具体的には、富士通、日立、NEC製の合計数である。

 この表から見て取れることは2点ある。1位を日本とアメリカで、ほぼ独占していることと、日本製品の激減である。
 1990年代前半の「数値風洞」は、航空宇宙技術研究所(現・宇宙航空研究開発機構 JAXA)が富士通と共同で開発した。その技術は富士通VPP-500で商用化され、1990年代における富士通の優位を築いた。
 2002年に登場した「地球シミュレータ」は、2位のIBM製に比べて5倍の性能を記録し、アメリカのコンピュータ政策を慌てさせた。宇宙開発で旧ソ連に後れを取った「スプートニクショック」になぞられて「コンピュートニックショック」という言葉が生まれた。
 しかし、華やかな1位争いの裏では、明らかな差が広がっていった。TOP500における日本メーカーの製品は大きく数を減らし続け、近年では5%にも満たない。
 「京」に約1000億円規模の予算が投じられた。弱体化している技術基盤の強化をさしおいて、表層のナンバー1を狙いにいく科学政策に議論が出るのは、当然のことともいえる。

ランキング1位の事実
 2009年度の事業仕分けにおいて、「1番でなければいけないのか?」という発言が話題になった。個人的には、不毛な議論だと思っていた。なぜなら、予算を満額出せば1位になれるように聞こえるからである。専門領域に近い人で、あの時点において、本気で1位になれると考えていた人がどれくらいいただろうか(前述した通り、私は1位にはなれないと考えていた一人である)。
 ところが、実際にはランキング1位を獲得した。こうなると、1位と2位の差は歴然である。1位は歴史に残り、シンボルになる。それを成し遂げた関係者には敬意を表したい。
 ここからは科学行政の見せ所である。「ランキング1位」という「事実」(=ブランド)を最大限に利用してもらいたいし、計算機科学を志す人に夢を与え、日本のコンピュータ技術が発展していくように努めて頂きたい。
 そのためには、2012年11月稼働などという既定路線を外し、直ちに(ランキング1位の間に)実際に活用できるプログラムを動かして頂きたい。LINPACK用にあれだけのチューニングができたのだから、数をしぼれば(たとえ一つでも)、チャンピオンデータ(世界最高の数値計算)を叩き出せるはずである。それが、災害(震災)用途であれば、今の日本人の心を大きく鼓舞することも可能ではないかと期待している。


参考
(1) TOP500 Supercomputer Sites:
http://www.top500.org/