京とTSUBAMEのゴードンベル賞

 高速計算のオリンピックのような存在として、ゴードンベル賞というものがある。その年の最高性能を示した数値シミュレーションに贈られる。今年のゴードンベル賞は「最高性能賞」を「京」理研富士通)が、「特別賞」を「TSUBAME」(東工大NEC/HP)が受賞した。日本のスパコンが賞を独占して、近年にない快挙になっている。このことについてWEBRONZAで論評した。
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2011112000002.html?iref=webronza
(毎度ながら、有料ページのリンクを貼ってすみません)

 京については、賛否両論が続いている。WEBRONZAでは明記していないが、私自身は、国策スパコンについては懐疑的である。京について、というよりも、(現在のアーキテクチャによる)「スパコン」の存在意義について、懐疑的な見解を持っている。

 それでも、今回、京による数値シミュレーションが3ペタフロップスという世界最高の実効速度を叩き出したことは見事である。
 世界一のスパコンが世界最高の数値計算を行うことは当然のようにも思えるが、実際はそうなっていない。現在のスパコンは演算プロセッサの並列度が高くなり過ぎて、性能を引き出すことが容易ではなくなっているからである。歴代ナンバー1スパコンの中には、大変扱いにくく、使いこなしただけで学術論文になるといわれたものさえある。
 
 京に隠れた格好になってしまったが、TSUBAMEに関しては、満を持しての受賞だったように思う。TSUBAMEは、コンスタントにスパコンランキングの上位を保ってきているが、どちらかというと教育用途が目立つシステムだった。私も数年前に一つ前のバージョンを使わせて頂いたことがある。そのとき、窓口になってくれた東工大の先生が嘆くようにつぶやいていた言葉を思い出す。
「教育用に大勢に切り分けしていてはダメだ。ある期間を区切って、一つのテーマで全システムを使わせるようなことも考えないと世界的な研究成果は出せない」
 東工大は、今年から「グランドチャレンジ制度」というものを実施し、一つのシミュレーションがシステムすべてを占有できるようにしたようだ。そしてすぐに結果を出している。「TSUBAME 2.0スパコンにおける樹枝状凝固成長のフェーズフィールド法を用いたペタスケール・シミュレーション」というタイトルで、2ペタフロップスの実効速度を出して特別賞を獲得した。

 京とTSUBAMEでは、予算が桁で違う。1千億円と数十億円(正確な数値を調べていなくてすみません)。それならば、TSUBAMEをたくさん作ればよいかというと、そう単純にはいかない。TSUBAMEGPUベースのシステムで、得意不得意が大きいからである。
 GPUは、単精度でメモリをそれほど必要としない計算では、驚異的な速度を出す。もっとも相性が良いのは、もともとグラフィックス処理用のプロセッサなので当たり前だが、映像処理系である。私の研究室では、現在、3次元テレビにつながる研究をメインに行っており、GPUも2004年から使っているが、数億円のスパコンよりも数万円のビデオカード(上のGPU)の方が速い。
 TSUBAME数値計算を詳細に調べたわけではないが、きちんと「単精度」であることは明記されている。GPUの特長を熟知してのシミュレーションだったものと思われる。

 京についての数値計算の状況は、資料(論文)が見つけられなかった。ふつうに倍精度計算だと思うが、メモリアクセス等の実効性能については気になるところではある。

 ハードとソフトの総合分野という意味では、予算をつぎ込む以上に、人を育てることが重要である。次代を担う人材は育っているだろうか。育てる環境は整備されているだろうか。
 TOP500のリストを見ると、6月期に京が1位を獲得しながらも、日本企業(富士通、日立、NEC)のスパコンは15から12へとさらに数を減らしている。実は、京の開発を担った富士通製が7から4になり、それがそのまま3つの減数になっている。
 ちなみに、ランキングが始まった1993年6月期の日本製スパコンは107である。また、今期もトップを独走しているIBM製は223である。
 多額の国税を投入して獲得した世界一のブランド力をどう活かしていくのか、これからますます注目されていくものと思われる。

 はじめに私自身は「スパコン」の存在意義そのものに懐疑的であると書いた。だけれども、いろいろな圧力にさらされながらも結果を出している現場の研究者、技術者の皆さんには敬意を表していることを記しておきたい。