第6章 判断しないよりまし

ヨウ素セシウムストロンチウムプルトニウム

•11時の爆発のあとどこかが上がるかどうかが問題。

•3号機の爆発では、おそらく1号機から既に漏れた以上の放射性物質が、数百メートル上空まで巻き上げられている。ウィンズケール並に放射性物質が広がるのはほぼ確実だと思う。

 「計画停電」初日で首都圏が混乱していた3月14日(震災4日目)午前11時、3号機が、1号機(12日)と同様の水素爆発を起こした。原子炉建屋は骨組みを残して、ほぼ全壊した。
 ちょうど同じ時刻に、応援の自衛隊注水部隊が福島第一原発に到着した。爆発が起こったのは、車のドアを開けようとした、まさにその瞬間だったという。危険性を何も知らされていなかった部隊は、安全が確認できるまで、直ちに撤退した。

•この資料のP17, 図 2.3-2 がウィンズケールの時の分布。

•3.7e10 ベクレルが1キュリーなので、 3.7e3Bq/m^2 は 0.1Ci/km^2 にあたる。

セシウムヨウ素ではキュリーで測ると100倍違う、というのがわかる。

 【この資料】とあるのは「荒廃した生活環境の先端技術による回復研究連絡委員会報告 『放射性物質による環境汚染の予防と環境の回復』 平成15年5月20日 日本学術会議」という120ページに及ぶ報告書である。
 中心となった「放射性物質による環境の汚染防止と回復研究促進小委員会」のメンバーは11名で、さらに16名の協力者の名前があげられている。この資料をみても、原発事故に対応した研究は進んでいたことがわかる。
 「放出された核種の中で環境影響上重要なものは、ヨウ素セシウムストロンチウムプルトニウムと考えられる」とあり、さらに、各放射性物質の特徴として「ヨウ素131は半減期が8日と短いので事故直後の被曝線量への寄与が大きく、セシウム137は半減期が30年と長く、土壌表面からの移行速度も小さい。ストロンチウムプルトニウム半減期は長く、その挙動には注意が必要である」と続いている。
 半減期とは、放射性物質の減少を示すもので、放射性物質の量が半分になるまでの時間である。放射性物質放射線を出しながら安定な物資に変わっていく。その速度は物質ごとに異なっている。
 さらに、牧野が参考にした分布図からは、ストロンチウムプルトニウムはほとんど拡散せず、広がっていくのはヨウ素セシウムであることがわかる。その量は、ヨウ素の方がセシウムより100倍多いと記述されている。

福島第一原発が日本の東岸にあった幸運

•空母ロナルド・レーガンの数字は多分オーダーは 20-50uSV/h程度。これは海で原発から100マイルくらいの距離。要するに、海側は高濃度の汚染がある、ということ。

•事故が起こったのが東北地方太平洋側の福島であって浜岡でも美浜でも柏崎でもなかった、という全くの偶然によって、放射性物質が日本列島を覆うのが防がれる、かもしれない、という状況。今の風向きだと他のどれかで同じような事故が起こったら大変なことになる。

東海地震が起これば浜岡が同じようなことになって、関東に向けて放射性物質をばらまく可能性が極めて高い、ということが今回わかったと。

 東日本大震災に対する世界各国の支援は迅速だった。13日(震災3日目)早朝には、アメリカは海軍太平洋艦隊の原子力空母ロナルド・レーガン福島第一原発から北東約180キロに派遣し、「トモダチ作戦」と称して支援活動を開始した。
 ところが、福島第一原発からの放射能漏れが検知され、翌14日には活動を一時停止し、原発の風下に避難している。20−50マイクロシーベルトは、通常時の100倍以上の放射線量である。

 このことは、放射性物質が大量に太平洋(海)側に流れていったことを意味している。
 日本の天気は西から変わってくることが多い。日本の上空では偏西風が支配的であり、大域的に見れば、大気は西から東へ流れていくためである。
 福島第一原発は日本列島の東岸にある。そのため、放出された放射性物質は、多くが西風に乗って太平洋上に運ばれる。そのため、【放射性物質が日本列島を覆うのが防がれる】。ただし、牧野は、それは【全くの偶然】であることにも言及している。
 実際、日本には約50基の商用原子炉があるが、日本列島の東岸にあるものは3分の1ほどでしかない。つまり、それ以外で福島第一原発と同様な事故が起こった場合、放出される放射性物質は、西風に乗って日本列島に降り注ぐことになる。
 
 首都圏からみて最も危険な位置にあるのが、静岡県にある浜岡原子力発電所中部電力)である。
 関東平野関東ローム層(赤土)で覆われている。これは、富士山や箱根の山などの噴火の際に吹き上がった火山灰などが、風に運ばれて関東平野に降り積もり、粘土化したものである。
 浜岡原子力発電所で大量の放射性物質が放出されれば、地元の静岡県にとどまらず、関東ローム層と同様に、首都圏一帯を覆うことになる。

 翌16日、その静岡県で大きな地震が起きた。静岡東部で震度6強
 牧野のコメントは以下の通りである。

 •今の地震で浜岡に異常はなかった模様。ふう。

 この後の5月、浜岡原子力発電所は、菅首相の要請で停止されることとなる。

チェルノブイリ

【3月15日】(震災5日目)

•今回のケースはチェルノブイリとは違う、といってる人は自分がなにについて発言してるかわかってるのかなあ?

•反応度事故ではないとか黒鉛が燃えたりしてない、というのはそうだとして、今回のタイプの事故で放射性ヨウ素の 10% が環境放出されうるという、原子力安全基盤機構の計算結果 (これ(「平成21年度 地震時レベル2PSAの解析(BWR)」(原子力安全基盤機構 平成22年10月報告資料:前出)の図2.12-5)があるわけで。

•そうすると、チェルノブイリでほとんど全量がでたとしても10倍しか違わない(セシウムもほぼ同じ量がでるので)。で、現在すでに3つ(第一の1-3)がこの計算モデルに近い振る舞いでかなりの量を放出している可能性がある。

•確かに圧力容器、格納容器の破壊は起きてないけど、燃料棒破損は多分大規模に起きていて、そうするとヨウ素セシウムは一次冷却水側に移動、その相当部分が格納容器の外(建屋の中)まで漏れているはず。

•で、水素爆発では建屋の中の色々なものが飛散しているはず。

•少なくとも、海水をいれることにした時点で圧力容器に放射性物質を閉じ込めるのは諦めているわけで、これを格納容器に放射性物質を閉じ込めることに成功したスリーマイルと同レベルとかいうのはありえない。少なくとも3桁程度は上の量が13日夜の段階ででている。そうでないと MP2、3 の高レベルが理解できない。

•まあ、スリーマイルの3桁上でもチェルノブイリの4桁は下なんだけど、問題はこれが 4 桁なのか3桁なのか、ひょっとしてこれから1桁くらいになっちゃうのか、ということ。

 【今回のケースはチェルノブイリとは違う、といってる人は自分がなにについて発言してるかわかってるのかなあ?】
 実際に手を動かして見積もりを算出して評価した人(牧野)と、既存のイメージや経験だけでものを語っている人の差を示す一文である。
 牧野の試算は、誰でも入手できるデータだけをもとにしており、しかも、物理一般の知識しか用いていない。実際には、こういう議論は、ほとんどの場合、専門家からは無視されるか反発を招く。「何も知らない素人」としてしか見られないからである。
 しかし、物理学というのは、対象が変わっても、本質は共通であることが多い。したがって、大局を見極める場合などは、あまりに専門的な知識に引きずられることなく、できるだけシンプルな原理にもとづいて考えた方が、より真実に近づく場合も多い。
 科学者の資質を考える場合、このことは大変興味深い。牧野は「原子炉工学」の専門家ではなかったが、「科学(物理学)」の専門家であったことは確かである。

【そうすると、チェルノブイリでほとんど全量がでたとしても10倍しか違わない】
チェルノブイリの4桁は下なんだけど、問題はこれが 4 桁なのか3桁なのか、ひょっとしてこれから1桁くらいになっちゃうのか、ということ】

 まさに、この通りに推移していく。1ヶ月後、チェルノブイリの10分の1の量の放射性物質が放出されたことが発表されることになる。

「福島原子力発電所事故対策統合本部」と「フクシマ50」

 15日の朝5時20分、政府と東京電力は「福島第一原子力発電所事故対策統合本部」を立ち上げ、本部長に菅首相自ら就任すると表明した。
 その直後の5時40分に、菅首相東京電力に乗り込み、
「撤退などあり得ない!」
「覚悟を決めて下さい!撤退したときは、東電は100%つぶれます!」
と激高した。

 残念ながら、そこに理性は感じられない。
 実際に、事故現場で命をかけて闘っている人々がいる中での発言である。

 この背景について、朝日新聞3月16日朝刊3面に、次のように報道されている。
「首相の元にはある閣僚経由で『東電側が福島第一原発からの社員引きあげを検討している』との情報が寄せられていたのだ。首相は先手を打ってクギを刺したのだった。
 首相周辺は『東電にすべて任せていたら、勝手に作業を打ち切ってしまいかねない。それを防ぐには政府が乗り込むしかない』」

 そういう意図を印象づけるためのパフォーマンスだったのかもしれない。しかし、指揮系統のトップであれば、感情的な姿勢を見せるのは、逆に周囲に不安を与えかねない。事故対策において、冷静さは第一条件だからである。
 作業現場では人命が関わっている。当然ながら、「全員撤退」という事態も想定しておく必要がある。

 首相の発言の直後、6時10分に2号機が爆発、続けて4号機が爆発した。
 8時30分、東京電力は、「福島第一原発から約50人を残して作業員が避難した」ことを発表した。

 緊迫化する福島第一原発において、まだ現場に残って作業を続けている人たちがいるというニュースは世界に伝わり、各国メディアから「フクシマ・フィフィティ(フクシマ50)」と賞賛された。
 フクシマ50は、その後、人数が増えていき、震災1ヶ月後には700名以上になっている。原発が安定停止するまでの展望が定まらない中、今なお、作業が続いている。

 同時にこの日、厚生労働省経済産業省は、作業員の被曝線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。250ミリシーベルト以下では急性放射線障害が出ないとされている。逆にいえば、250ミリシーベルトを超えると、急性放射性障害が出る可能性がある。
 人命に影響するほどの、ぎりぎりの上限設定である。

安全神話

 今回の原発事故で明らかになったことの一つは、原子力発電所の事故というものがどいうものなのか、一般には、ほとんど知られていなかった事実である。正確な情報が提示されないところに、連日、聞いたことのない専門用語が飛び交って、不安が増していった。

 私は物理学を少しは学んでいるので、原子力発電の概要は、一応、わかっているつもりだった。ウランが核分裂を起こすとエネルギーが出ること、継続的に核分裂を起こさせる状態を「臨界」と呼ぶこと、「制御棒」を出し入れすることで臨界の状態をコントロールしていること、そして、制御棒を一杯まで入れると臨界が止まること、などである。
 福島第一原発で稼働していた1〜3号機は、地震発生とともに、制御棒によって「停止」した。
 だが、事態はそれで終わらなかった。
 
 ここから、当時の報道を振り返ってみたい。感想をカッコ書きで付加した。
 燃料棒にはウランの核分裂によって生成された放射性物質があり、ウランの核分裂反応を停止させても、そこから熱が出てくる。それを「崩壊熱」という(らしい)。
 崩壊熱は、ウランの核分裂反応に比べれば微々たるものであるが、冷却しないと燃料棒を溶かしてしまう(炉心溶融)ほどのものである(らしい)。
 そこで、原子炉には、緊急炉心冷却システムというのもがある(らしい)。ところが、福島第一原発では、その緊急炉心冷却システムがすべて動作しなくなり、大変な事態になった(らしい)。
 さらには「水素爆発」(「水爆」ではないと思うが…)、「水蒸気爆発」(火山の噴火で使われる用語だな…)、シーベルト、ベクレル(どういうふうに使い分けるのかな?)などなど…である。
「建屋」という言葉にも違和感を覚えた。荷物置き場のような木造建築を連想させるからである。
「『安全神話』が崩壊した」という報道も多くあった。ところが、「安全神話」という言葉が初耳だった人も多くないはずである(「神話」とはどういう意図で誰が付けたのだろう?)。
 さらには、「チェルノブイリにはならない」という解説者の言葉も多く流れた。
 しかし、一般の人にとってみれば、「チェルノブイリ」という言葉を知っていても、チェルノブイリ事故が実際にどういうものであったかまでを知っている人は、ほとんどいなかったはずだ。
 専門家は、逆に、チェルノブイリ事故の「最悪さ」を熟知していたのだろう。あのようなことが21世紀の日本で起こるわけがないとの思い込みがあったことも想像に難くない。
 そこで「チェルノブイリにはならない」という解説で、安心感を与えようとする。しかし、私たちには「チェルノブイリ」のイメージができていないので、基準にはならない。そのため、不安が増幅する。
 一般に、「〜ならない」というような否定形の言い回しは、不安をあおる。「では、どうなるのか?」ということがわからないからである。
 逆に、「福島第一原発事故は『○○』と同様な状況にあります。だから、今後、このようになる可能性があります」という肯定形の解説があればと思った。
 原子力安全・保安院は、福島第一原発の事故を、当初、1999年に起きたJCO東海事業所臨界事故と同様の「レベル4(所外への大きなリスクを伴わない事故)」と位置付けた。そうであるならば、JCO事故の詳細を報道すればよいはずである。
 JCO事故は、これまで国内で起きた最悪の事故である。作業に携わっていたJCO社員3名のうち2名が亡くなった。JCOから半径350メートル以内の住民47世帯161名が避難を強いられ、半径10キロ圏内の約31万人が自宅待機となった(北村行孝・三島勇『日本の原子力施設全データ』講談社ブルーバックス)。
 ところが、そういう解説はされなかった。
 専門家にしてみれば、いや、専門家でなくても、福島第一原発事故がJCO事故とは比較にならないことは明らかだった。
 根拠のない「大丈夫」ほど不安な言葉はない。過小評価の解説の後に爆発が起こるという繰り返しで、不安は増大していった。

4号機の爆発

 15日早朝に起きた4号機の爆発は意外だった。4号機は、地震発生時、定期検査で停止中だったからである。
 4号機の原子炉建屋には、使用済み燃料棒を冷やすプールがある。定期検査中だった4号機では、燃料棒がこのプールで冷やされていた。ところが、4号機も冷却システムが動作していなかったため、燃料棒の温度が上がっていき、爆発した。
 しかも、燃料棒の入ったプールは原子炉格納容器の外にある。1〜3号機では、燃料棒は「圧力容器」「格納容器」「建屋」の三重で封印されている。ところが、4号機の燃料棒を囲っているのは建屋だけである。
 4号機は、「安全」から一転、もっとも危険な状態に陥った。

チェルノブイリの 3 桁下ではもうすんでないと思う。格納容器破壊にいたったので、原子力安全機構のシナリオと同様だと、ヨウ素の数パーセントが放出されている可能性もある。

•5号機と6号機 温度上昇(NHKニュース)
火災が起きた4号機から大変高い放射性物質が継続的に出ている状況ではない可能性がある

可能性がある、と。

「判断しないよりましだ」

 翌16日の朝日新聞に次のような記事が掲載されている。
「これから何が起きるのか。K教授は『チェルノブイリ事故との比較は難しい。これから何が起こるのかはわからない』という。専門家にとっても未知の領域に入りつつあるといえる」

 その前日、牧野は逆に、「チェルノブイリ事故」を例にとって、「これからどんなことが起きる可能性があるか」を考察している。その思考過程を追ってみよう。

•これからどんなことが起きる可能性があるか、というのを、チェルノブイリの例をみながら考えてみる。

•ここで基礎にする資料は日本学術会議「荒廃した生活環境の先端技術による回復研究連絡委員会」の 報告(前出)。昨日引用したウィンズケールと同じ。本当は OECD の元資料(OECD/NEA, Chernobyl Ten Years on Radiological and Health Impact (1995)など)にあたるべきかもしれないけど、とりあえず。

•P9 に原子炉から放出された放射性物質の約 60% は 1200-1800m に達した、とある。これは燃焼での上昇気流によるものだが、3号炉の爆発ではプリュームが数百メートルまで上がっていて、そこからさらに1km 程度までは上昇した可能性はある。

 プリュームとは放射性雲のことで、放射性物質を含んだ雲、気体状のかたまりである。

•また、今日の4号炉の火災でも、かなり上空まで色々なものが上がったと考えるのが自然。

•そうすると、今日関東で観測されたものは地表近くに残っていて関東まで到達して雨なしで落ちたものであって、放射性物質の主たる成分ではない可能性がある。このことを踏まえて考える。

 雨が降ると、雨粒が上空の放射性物質を含んで地上に落下する。すると、その地域は高濃度の放射性物質で汚染されることになる。幸い、この日の関東は晴天のため、雨ととも放射性物質がまとまって落ちていない。逆にいえば、放出された放射性物質の大部分は、まだ上空に残っている。
 ここでは、そういう仮定をしている。

•P10 図 2.2-2 が事故後10日間の放射性雲の動き。チェルノブイリでは10 日以上にわたって放射性物質の放出が続いたので、これは初日にでたものがこう動いた、というわけでは必ずしもない。チェルノブイリに起点がある扇形はその日にでたものがメインであろう。

 福島第一原発の場合は、一連の関連施設の爆発の影響で、3月15〜16日にピークとなり、それ以降の放出量は下降気味とされている。そういう意味では、厳密に同じというわけではない。
 しかし、厳密に同じ事例などは、ある方が不思議である。牧野は「チェルノブイリ事故」からの類推を進める。

•とはいえ、ヨーロッパ全体、といった 結構大きいスケールで放射性の雲が広がっていて、雨が降った不運な地域ではセシウムで 1Ci/km^2 程度汚染されているところがある(これは別資料だがスウェーデン等で多い)。ヨーロッパ全体で5万平方キロ程度。トータルでこの領域には多分 10万キュリー程度。これは総放出量の数パーセント。

 5万平方キロメートルは、この後で牧野が見積もる関東地方の面積4万平方キロメートルとほぼ同等の広さである。
 チェルノブイリ事故での放出された放射性物質は1億キュリー程度と推定されているので(北村行孝・三島勇『日本の原子力施設全データ』講談社ブルーバックス)、10万キュリーは、その1%(100分の1)程度にあたる。

•もちろん、大半はもっと近く、300km以内に落ちている。(参考: 600km 範囲のセシウム137汚染レベル(京都大学原子炉実験所のホームページより))

•ここで、私にはわかってない(誰かわかってるのかどうかもわからない) のは、これらの200-300km 圏の放射性物質はどういうふうに流れていつ落ちたのか?ということと、それから今回の日本の場合を類推していいのか?ということ。


図7.チェルノブイリ原発事故によるセシウム137汚染分布図(京都大学原子炉実験所ホームページの資料より)

 チェルノブイリ事故による汚染地域の分布は、原子力発電所からの距離とは関係ないところでも、飛び地のように点在している。それはなぜか?

•でも、北東200km や400km の飛び地は、おそらく雨が降ったことに対応すると考えるしかない。それがなければ高濃度の汚染はおそらく初日の風の方向であり東側に広がった領域。逆にいうと、初日にでたものについては雨が降っていないために50km 以内を除いて低いレベルの汚染。

 雨と一緒に降ってきたと考えるのが自然で、雨が降らなければ、原発から離れたところは、それほど汚染されることはない。

•雨がふるとこれと同じかもっと多い量がどこかに降る。どこかは?

•今日の風は関東上空でぐるぐる回るような感じになっていた。

•つまり、今日の昼頃に値よりずっと大きい値が、今日降る雨によって関東のどこかで観測されるかもしれない。こういうことがないことを祈る。

 「これから何が起きるのか」について、専門家が「チェルノブイリ事故との比較は難しい。これから何が起こるのかはわからない」として判断を控えたのに対して、牧野は逆に、「チェルノブイリ事故」のケースから、「これから何が起きるのか」を類推しようと試みている。

 これに関連して、興味深い事例があった。翌16日にアメリ原子力委員会が「50マイル(80キロ)圏内」に住むアメリカ人に退避勧告を出したことである。
 このとき、オバマ大統領は演説で「十分な科学的評価に基づく」と述べ、アメリ原子力委員会は「慎重かつ妥当なもの」と繰り返した。
 これに従う形で、韓国、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコなども同様な措置をとる。
 ところが、このときの退避勧告が「十分な科学的評価に基づく」ものではなかったことを、1ヶ月ほどのちにアメリ原子力委員会は明らかにしている。
 勧告の経緯は「福島第一原発2号機の核燃料が100%損傷し、放射性物質が16時間放出される『深刻な放出』を想定したシナリオ」にもとづくものであった。実際にはそれほどの事態に達することなく、3月30日においてのアメリ原子力委員会の見解も「現在得られているデータは、安全距離が約20マイル(約30キロ)であることを示し続けている」というものであった(関連記事:朝日新聞4月9日5面)。
 興味深いのは、アメリ原子力委員会の幹部の発言である。
「緊急事態では、限られたデータで判断を迫られるときがある」
「判断をしないよりましだ」

 思考を止めないことは、理性の資質の一つであろう。そのことを端的に示す言葉である。