「光速を超えたニュートリノ、決着をつけるのは誰か? (2011/10/01)」の初稿

光速を超えたニュートリノの実験結果に期待するもの (2011年9月29日脱稿)

 光よりも速いニュートリノの実験結果が公開され、話題になっている。光速を超えるものが存在するならば、現代物理学の柱の一つである相対性理論が根底から否定されるからである。事実として、相対性理論が提示された1905年から今日に至るまで、相対性理論を否定する現象は生じていない。そのため、実験チームも慎重な態度になり、当該の物理学者も懐疑的に見ている。
 私は、この実験結果を聞いて、大きな興味を持った。それは、現代物理学の成否の議論よりも、これから始まるであろう、ニュートリノの速度計測において、誰が決着をつけるのか、という興味である。

 相対性理論が示された頃、光速の計測に没頭していた研究者がいた。光速はどの方向で測っても一定であることを示し、1907年にアメリカ人として初めてノーベル物理学賞を受賞したアルバート・マイケルソンである。実験結果は、相対性理論を見事に裏付けるものとなった。
 しかし、マイケルソンは現代物理学とは無縁の研究者だった。海軍少尉として兵学校で教職に就いたのが研究の始まりであり、50年に及ぶ研究者人生を光速の測定に注いだ。物理学が大きく変革し、高揚していた時代にあったにもかかわらず、次々と続く大発見には無関心だった。その姿勢は、物理学者というよりも職人に近い印象を受ける。

 実際に「職人」が「科学者」に挑んだ大変興味深い事例がある。
 海外貿易が巨万の富を生み出していた18世紀、航海を成功させる鍵は経度の正確な測定法にあった。南北を示す緯度は太陽高度を計ればわかる。高ければ赤道に近く、低ければ極に近い。ところが、東西を示す経度を正確に知ることは困難であった。そこで当時の大英帝国は、現在の貨幣価値で数億円に相当する賞金を設定した。
 天文学者がこぞって天体の運行に答えを求める中、ジョン・ハリソンという無名の時計職人が名乗りを上げた。そして、驚くべき技術力で主役の座に躍り出ていく。
 なぜ時計職人がといえば、二つの地点での正確な時刻を知れば経度がわかるからである。船上で太陽が南中した時(つまり正午)、基準となるグリニッジ標準時を示す時計が午前11時をさしていたとすると、その船は東経15度に位置していることになる。地球は24時間で1周(360度)するので、1時間の時差が15度に相当するためである。したがって「船上で正確な時を刻む時計」を開発すれば、問題は解決する。しかし、振り子やぜんまい式しかなかった当時、過酷な条件の船上で要求を満たす時計を作ることは不可能だと思われていた。
 その中で、無名の時計職人ハリソンは、1730年、誤差が1日数秒という驚異的な精度の時計H-1を持って彗星のごとく登場したのである。経度評議委員会は待ち望んでいた偉業に賞金を与えたくてうずうずしていたという。
 しかしそのとき、H-1の欠点を指摘できる者が一人だけいた。製作者のハリソン自身である。ハリソンは、なんとその栄光を自ら辞退する。まだ完璧ではないからと。傲慢ともいえるほどの自尊心−そこには超一流の職人魂があった。
 第2作の開発に10年、第3作に19年の歳月をかけ、ついに納得の時計H-4が完成する。66歳、人生を賭けた一作であった。
 自信満々で再び経度評議委員会にのぞむが、状況は大きく変化していた。天体観測に基礎を置く「月距法」という手法が台頭していたのである。正確な時計さえあれば天体観測など必要ない。しかし、自然の摂理に勝る時計など人間に作れるわけがないとする学者たちは、H-4を認めたがらない。そこには、理学は工学よりも高尚であるという偏見があったといわれている。
 より産業(金儲け)に近い工学という分野は、アカデミズムの中でもしばしば下に置かれる。欧米の大学には、もともと工学部は存在しない。そのため、工学は工科大学としての独立を余儀なくされ、逆に独自の発展を遂げることになる。

 日本の大学が設立当初から工学部を総合大学の中に取り込んだのは異例だった。しかしそれは、明治以降の日本の驚異的な発展の一因ともなっている。
 「科学」という英単語はある。「技術」という英単語もある。しかし、「科学技術」に対応する一連の英語は見当たらないといわれる。辞書を引けば、例えば、science and technologyというように「科学と技術」と出てくる。「科学技術」という言葉が象徴するように、科学と技術を切り離して考えないところに日本の理系文化があるようにも思われる。

 先日、6500万年に1秒しか狂わないという世界最高の精度を持つ「光格子時計」が情報通信研究機構東京大学で開発されたというニュース(http://www.asahi.com/science/update/0805/TKY201108050115.html)が流れた。また、究極の3次元計測映像技術といわれるホログラフィを応用して、京都工芸繊維大学のグループは世界で初めて光速の伝搬を人間の目で観察する(可視化する)ことに成功し(http://homepage2.nifty.com/kubotaholo/hamen.htm#lens)、研究を進めている。
 近い将来、様々な科学技術の粋を集めて、「光とニュートリノの競争」を人間の目で確かめられたとしたら、どんなに楽しいことだろう。

 今回のニュース報道を通して感じるのは、実験結果を発表する方も聞く方も、両者とも眉間にしわを寄せているような重苦しい空気である。科学技術というものは、本来、もっと楽しいものだったのではないだろうか。これを絶好の機会ととらえ、自分の持てる力で決着をつけてみようというチャレンジャーが続々と現れることを期待したい。結果がどうあれ、最先端のチャレンジは科学技術を飛躍的に向上させるはずである。